第一内科について
留学便り
平成17年卒 島 隆宏
この度「留学便り」を送らせていただきます。医師という人生設計を描く上で、漠然とした憧れ、もしくは具体的な目標を持って留学を視野に入れている先生方もおられると思います。しかし過去に留学された多くの先輩方がどのような過程を経て留学し、そしてどのような留学生活を送ったのかを具体的に知る機会はあまりありません。私一個人の経験談ではありますが、この留学便りが将来留学を考えている方々の参考に少しでもなれば幸いです。
レジデントの頃の私には「研究をする」という発想はほとんどありませんでした。ひたすら目の前の患者さんの治療に専念し、それが自分の医師としてのスタイルだと思っていました。そしてレジデント終了後もこのまま臨床で...と考えていた矢先に、当時の血液研究室主任(現久留米大学教授)の長藤宏司先生から「今後臨床に専念するにしても、研究的思考と視野を持った方が臨床の幅が広がる。一度は研究に触れなさい」とのお言葉がありました。当時はその言葉の意味もよく理解せず、言われるがままレジデント終了後は大学院に進学しました。
大学院では赤司浩一教授、宮本敏浩講師のご指導のもと白血病発症機構を中心に研究させていただきました。なぜ白血病が難治性なのか、そしてその治療法の糸口は何か、という白血病治療の本質に迫るテーマに自分自身の研究を通して触れることができ興奮が尽きない毎日でした。そして同時に自分のレジデント時代を振り返り、「こんなことも知らずに患者さんを治療していたつもりになっていたのか」と思い当たる節が多々あり、改めて研究に触れることの重要性を痛感しました。
大学院修了後は、九大病院輸血部で赤司教授、豊嶋崇徳副部長(現北海道大学教授)、岩﨑浩己副部長(現九州医療センター血液内科科長)のご指導のもと輸血業務や造血幹細胞採取などの知識・技術を習得させていただきつつ、一般企業とタイアップした研究にも従事させていただきました。
このように本当に恵まれた環境で研究に触れさせていただいてきたわけではありますが、自分には臨床をやりたいという思いが依然強く、今後は臨床医として研鑽を積むのであろうと漠然と考えており、自分が研究を続けるという未来像は想像できませんでした。
しかし私が報告した論文の一つが現在の研究室のボスの目に偶然留まりました。その論文はボスが興味を持っている内容と合致し、かつボスが過去にボストンで共同研究をした赤司教授の研究室からの報告だったため、ボスが赤司教授にメールを送りました。そしてちょうど白血病を研究するポスドクを欲していたボスと話が進み、あれよと言う間に私の留学が決まったという経緯です。その経緯を全く知らなかった私に赤司教授から「ラホヤに留学したいか?」との突然のご連絡に、何が何だかわからずに戸惑ったことを今でも覚えています。また同時に、会ったこともない私の採用を速やかに決めるほど、ボスがいかに赤司教授を信頼していたかをうかがい知ることができました。
私が住んでいるLa Jolla地区は、アメリカ有数のリゾート地として有名です。一年のほとんどが快晴に恵まれ気候も暖かで、12月前後まで海で泳げます。ビーチでは野生のアザラシが人と一緒に泳ぐ姿もしばしば目にすることができます。
La Jolla周囲はいわゆるB級グルメから最高級のレストラン、ブティックやショッピングセンターのみならず、美術館や博物館、軍事施設、数多くの国立公園に溢れています。
ダウンタウンの中心には野球場があり、イチロー選手の最多安打記録(日米通算)更新を直に観戦できたのはいい思い出です。さらに少し車を走らせればワイナリー、ロサンゼルスやメキシコ国境があり、日帰りでハリウッド、ビバリーヒルズ、ディズニーランド、シーワルド、メキシコなどの観光地にも行くことができます。週末や連休を利用すればサンフランシスコやグランドキャニオン、ラスベガスなどにも車で行くことが可能であり、本当に最高のロケーションとなっています。
立地の良さに比例して、生活費、中でも家賃は日本と比べると驚くほど高く、食費も日本よりも割高な印象です。特に家族連れの人にとっては、養育費・教育費が相当な負担となり、資金面の問題で帰国を早める日本人研究者の方も見受けられます。私の場合はボスが大半の留学資金を用意してくれましたが、それでも十分ではなく、日本の様々な助成金等に頼らせていただきました。また私の出国直前に赤司教授より日本学術振興会の海外特別研究員への応募を薦めていただき、申請書作成のご指導を受け、申請書提出後に出国、そして留学中に採用となりました。私は一内科の諸先輩の先生方のように決して華々しい研究結果を持っているというわけではないので、研究員に採用されるだろうか...と正直なところ思っていました。しかし申請書提出の際、赤司教授より「定期的に論文や学会発表をこつこつと真面目に出しているので、採用される見込みはかなり高いよ」とのお言葉をいただき、心強かったことを覚えています。この採用で資金的にも大きく助かり、留学期間の延長も可能となったのは本当に嬉しい限りです。今後留学を考えている先生方は、もちろん大きなテーマの研究を成し遂げることも重要ですが、私のような例もあるのだな、とどんな小さな仕事でも報告としてまとめ、発表し続ける努力をして下さればと思います。
私の所属する研究室のボスは、白血病で高頻度に認められる染色体異常の一つであるt(8;21)白血病を昔から主軸に研究している人です。現在は白血病だけでなく、インターフェロンシグナルと腫瘍免疫に関する研究も展開しています。ラボのメンバーはポスドク以上が私を含め4人、大学院生が5人と決してビッグラボではないですが、みんなで協力しながら何か興味深い発見がないかと日々模索しています。米国では当然日本の医師ライセンスは意味をなさないし、患者さんに接する機会もほとんどないので、ともすると自分が医師であることを忘れがちになります。しかしラボの中では医師が私だけなので、病気に関する知識や研究結果の臨床への応用に関して意見を求められることも多く、その時にふと自分が医師であったことを再認識します。また、定期的に日本のメーリングリストから送られてくる臨床試験の報告や、先輩・後輩の皆さんからの連絡を目にすると、自分が臨床で働いていたこと、そして今まで担当させていただいた多くの患者さんたちの顔が思い起こされ、初心に戻って研究に打ち込むことができます。
一方、留学は決して楽しいことだけではありません。もしかすると大半は苦しいこと、辛いことが占めるのかもしれません。研究の点だけから見ても、資金や実験器具、人材と、現在の私の研究室よりも一内科の方がはるかに整っていると思います。実際、米国に行かずとも多くの世界最先端レベルの研究は日本でも十分実施可能だと思います。また研究だけではなく生活そのものも含め、日本にいた時のように自分を守ってくれる人や組織も当然米国にはなく、全ての責任が自分にかかってきます。しかしそれらを含めて貴重な経験であり、頭で理解していたつもりでも、実際に経験してみることは大きく違います。今回の留学を通して自分自身の視野が大きく広がりつつあることを実感しますし、人として、医師としての自分自身のあり方について日々考えさせられます。
将来研究の道に進むにしても、臨床の道に進むにしてもここで得られた経験は何ものにも変え難いと自分は信じていますし、そのような気持ちで残された留学期間を悔いのないよう精一杯過ごしたいと考えています。たった一度きりの人生です。後輩の先生たちにも「留学」を人生設計の一つに組み込んでいただけたらと思います。
最後に、このような留学生活の機会を私に与えてくださった一内科の全ての方々に厚く御礼申し上げさせていただき、私の留学便りとさせていただきます。